高校生の孫2人とスペインへ。
1人はスペイン語を勉強していて、10ヶ月ほどメキシコの高校に留学。
ま、さびつかないようにとの思いと、孫との旅行はあまりなかろうとスペイン・アンダルシアに出かけた。
 しかし、少しは大人になりかけた男の子2人。世代の違いにお互いが戸惑ったところもあったが、
爺さんの方は息抜きにゴルフ。婆さんは町歩き。

3月24日(水)

関西空港 KIX11:50---(AY078)---ヘルシンキ HEL 15:10/17:00---(AY3681)---マドリッド MAD 20:25

 フィンランド航空は関空から毎日、自宅から近い中部空港は週3便で、日程が合わず、出発は関空、帰着は中部。
帰りはマラガからヘルシンキを経て航空券はフィンランド・エアの早割で燃費・税金などを含んで88,680円。
 娘(孫の親)の車で自宅を6時50分に出て、9時過ぎ関空。チェックインをして2階でうどん。
 AY078はほぼ定刻11:50発。A340の席はおおむね満席。ヘルシンキまで約10時間。ひとは「ヨーロッパなあ〜、飛行機が長くてエライわあ〜!」なんていうが、私にとってはこれぞ至福の時。ビール、ワイン、コニャックなどお酒は飲み放題、本を読んで居眠り、カラダがなまってきたら機内を散歩。茫漠とした大陸を眺めていればよい。孫どももゆったりと本を読んだり、居眠りをしている。
 ほぼ定刻ヘルシンキ着。雪がしっかりある。EUへの入国をして2時間待つ。両換えをしようとしたら1ユーロ138円。高いので少しだけにする。
 マドリッドまでのAY3681は少し遅れて離陸。海や湖も氷と雪の世界。A320は満席。国内線扱いでアルコールは有料。缶ビールが4ユーロ。日本からヘルシンキは7時間遅れの時差。マドリッドは8時間。
 20時40分頃マドリッド着。ここも1ユーロ138円。1万円だけ両替し、明日119円で買ったトラベラーズチェックを交換することにする。タクシーでグランビア近くの2ベッドルームのサービスアパートメントへ。(タクシー37ユーロ)
 このサービスアパートメント「アパルタソル」は「歩き方」に載っていたもので、4人で一泊110ユーロ。キッチンには食器やお鍋もあり、洗濯機もついている。
 近くのバルに行くが、ショボイのばかり。少し飲んで11時30分頃帰り、シャワーして寝る。

3月25日(木)

マドリッド

 8時前から10時頃まで付近を散歩。グランビアのわきを入った、ハムがいっぱいぶら下がるバルとレストランの中間のような所で朝食。
 地下鉄でプラド美術館へ。ベラスケスのうまさ、ゴヤのすごさに感心し、セルフのブッフェで昼食。高くなく、おいしい。ソフィア王妃芸術センターでピカソのゲルニカ。
 なんといってもピカソの手練れ、表現力、写生の力はすごい。
 アトーチャから地下鉄で帰り、風呂に入ってひと休み。少し昼寝。
 6時前から雨が降り出したが傘を差して出かけ、カンペールの靴を5足。食品を探しにエル・コングレにいくもめぼしいものなし。タパス街のマヨール広場周辺に行き、ビール、マッシュルーム、コロッケ、エビなどで、リオハの白、赤。タクシーで帰る。タクシーは高くなく、初乗りが2.15ユーロ。

(左)ハムがぶら下がる。生ハムはハモン・セラーノ、ハモン・イベリコなど。  (右)ソフィア王妃芸術センター
ピカソ、ゲルニカの習作群。
(右)歴史あるエビの専門店ラ・カッサ・デル・アブエロ。が、あくまで一杯飲み屋。店名にもなっているオリジナルの赤ワインがいける。

3月26日(金)

マドリッド---(車)---トレド---ハエン---グラナダ

 7時前に起き、持参のカップ麺やご飯をチンして朝食。
 9時前、タクシーでアトーチャ駅。アラモでレンタカーをチェクアウトして10時出発。今日はトレドを経てグラナダまで。グラナダの手前のハエンあたりで泊まってもいいと思って車を走らせる。便利かなと思い、ナビも借り出したが、携帯のナビで日本のように電話番号は入れられなく、目的地の町の通りしか入れられない。が、それでもないよりははるかに安心。
 12時前トレド。アルカサル横の大きなパブリックの駐車場に車を入れ、坂を上がったり下がったりしてカテドラル、イザベラ女王の歴史館でエルグレコ、陶器のイイものをしっかり見て4時半頃グラナダに向かう。
 ビユンビユン飛ばして7時過ぎハエンについたのでホテルを探すも、適当なのが見つからず、グラナダへ。9時40分頃「歩き方」に載っているAbabia Hotel。都合良く空いていて、ツイン一部屋64ユーロ。歩き方を見せると10%引いてくれた。10時過ぎからホテルで教えてくれたオリバーナントカというカテドラルの横のレストランへ。ここは優れておいしく、イベリコハムはもちろん、フォワグラまでたのんでビール、白ワインもしっかり頂く。(四人で144ユーロ)。

イザベラ女王歴史センター
トレドの街角で。

3月27日(土)

グラナダ

 8時半頃からカテドラルへ。近くのレストランで朝食。町を一巡り歩く。
もう一泊グラナダでということになり、ホテルに頼むが部屋がなく、同じ経営の近くのアパートメントへ。
 午後はアルハンブラ。タクシーで出かける。
 アルハンブラは予約が必要で、ネットであらかじめ申込み、料金もカードで決済。申し込んだ時間が記されたプリントとカードを機会に入れると入場券が出てくる。私達のは14時で14時30分までにナスル宮に入らなければならない。入場口からかなり歩いてナスル宮の前で一時間ばかり待って入場。各国からのお上りさんでギッシリ。
 カルロス?宮から見だす。前にも来たはずだがあまり覚えてなく、アラビア文様がこんなに精緻で美しかったかなあ〜!と感心。異教徒にとっても、その素朴な味わい、風情が感じられ、キリスト教との違いがはっきり。カテドラルなどは「すごーいっ!」と言うものが勝負だろうが、ここにはもっと古いロマネスクに通じるものがあると感じた。歩き疲れて4時頃、出たところのレストランのガーデンで遅い昼食。
 2人の孫どもは、どっぷりと感じ入っているジジ・ババに「ふ〜ん…」という感じ。「おい、おい、もっと感動してくれよ!」と思うが、自分たちの世代のように、やっとたどり着いて巡り会った、という事がなく、小学生の頃からやれロンドンだ、パリだ、ギリシャだと外国や異文化というものに慣れすぎていて、かっと目を見開いて見ようとしないのかなあ〜?とも思ってしまう。

(左)グラナダの裏通りの石畳。  (右)アルハンブラからアルバイシンを望む。
(左)アラビア窓。    (右)アラヤネスの中庭。
アルバイシンの丘。

 タクシーでホテルへ帰り、アパートの地図と鍵をもらい歩いて5分くらいの所に移動。2階にもパテオがあり、なかなか落ち着いたアパートで2つの寝室と立派なキッチンのあるリビングにはパソコンも据えられている。(115.2ユーロ)。
 ひと休みして、7時過ぎからアラブ街をぶらつき、エル・アグアドールのテラスでパエリア、サングリアなど。10時すぎからぐっすり寝る。

3月28日(日)

グラナダ---コルドバ---セビリア

 アバデアホテルのアパートを10時頃出発。コルドバへの途中のサービスエリアでブランチ。
 コルドバのメスキータは「う〜んっ!」と感じるイスラムの香りムンムンのキリスト教会。しかし、あくまでメスキータである。
 考古学博物館へ人混みを分けて車で行くも、少しの差でクローズ。しかたなく、セビリアへ車を走らせる。

コルドバのメスキータの内部。

セビリアに着くも、人、人、人!「なんだ、こりゃ!」という程の人、人、人。車の中から電話で予約した中心地の宿に交通規制もあり、たどり着けない。
人々はちょっとおしゃれしていて、近郊からの田舎の人風が多い。
 仕方なく、中心から少し離れたバスターミナルの前のPlaza De Armas。すぐ前の駐車場に車を入れる。Plaza De Armasは高層の近代的なアメリカンタイプの高級ビジネスホテル。(ツイン一部屋105ユーロ)。
 20分くらい歩いて中心地のレストランへ行くも、ここも人、人、人。闘牛場のあたりもウロウロするが、結局ホテルに戻り、サンドイッチ(これがうまかった)、ビール、赤ワインをたっぷり飲んで風呂に入って寝る。
 あとで知ったのだが、この人波、セマナ・サンタ Semana Santa (聖週間)というものだそうで、「歩き方」にこう書いてある。
─セビーリャの春は、セマナ・サンタとともにやって来る。セマナ・サンタとは復活祭前の一週間のことで、スペイン全土にわたる宗教行事。なかでもセビーリャのものは世界的に有名だ。三角のとんがり帽子を頭からすっぽりとかぶったコフラディーア(信者会員)に続いて、十字架を背負うキリストやガラスの涙が頬を伝う聖母マリア像のパソ(御輿)が行列する。以下略─。キリストの死と復活を追体験するのが聖週間というのだそうだ。

3月29日(月)

セビリア---カディス---タリファ

 駐車場の車に荷物を入れ、カテドラルへ。近くのカフェで朝食をし、しっかり見る。
 ここもすごーい。ステンドグラスもいい。ヒラルダの塔に上ってみるも、大したことはない。
 雨が降ってきて、エル・コングレ(スペイン全土にあるデパート)へ。頼まれていたフラメンコのマント・シージョ(スカーフみたいなもの)、自分の靴などを買い、筋向かいのバルでパエリア、エビなどの昼食。

セビリア。モスクのミナレットとキリスト教の鐘楼が融合したヒラルダの塔。

 4時頃、カディスに向かう。
 カディスは逢坂剛さんの「カディスの赤い星」などで、興味を持ち、一度は行ってみたいと思っていたところ。が、この港町に着いてみるとここも人、人、人。
 目星をつけていたホテルのある中心地に入ると狭い道に人波がいっぱい。結局ホテルにたどり着けず、「やめようよ。田舎に行こうよ」ということになり、タリファ Tarifa へ。
タリファはジブラルタル海峡に面したイベリア半島最南端の町。アフリカ大陸まで15km。
 ここでの特筆は、港の門の横のレストラン。庶民的な店であるが海鮮類がおいしく、なかでもエビをおぼろにしたようなものが入るオムレツが最高。しっかり、ビール、ワイン。

3月30日(火)

タリファ---(ゴルフ)---マラガ

 今日はタリファに婆さんと孫を置いてゴルフ。カディスの方に少し戻ったMONTENMEDIOへ。

MONTENMEDIO Golf & Country Club

http://www.montenmedio.es/

1番ホール

 スペイン、ジブラルタル方面のゴルフコースといえば、バルデラマ、ソトグランデが別格で、数々のトーナメントが開催されている。それだけに、ま、ぶらっと行ってみるという感じではないので、タリファからカディスに少し戻ったところのモンテンメディオに行ってみた。
 7時にホテルを出発し、途中でサンドイッチと水を買い、モンテンメディオへ。が、プジョーのコース案内の地図が違っており、もちろんナビにゴルフ場の項目はなくウロウロし、ガソリンスタンドで聞いたりしてやっと着く。プジョーでは340号線から入った海岸よりの所とあったが、全く違っていて、340号沿いのごくわかりやすいところ。
 バギー(カート)込みで78ユーロ(約10,000円)。エントリーを済ませ、温かいコーヒーとパン(3ユーロ)。9時頃テーオフ。
 高級感のある林間コース。しっとりとしていてフェアウェー、グリーンとも文句なし。カートにナビが着いていて初めてのものには心強い。バックから6,260メートル(6,886ヤード)、黄色から5,868メートル(6,455ヤード)、黄色からプレー。プレーヤーは少し遅いようだ。時々「ご一緒にどうぞ」と言ってくれ、1、2ホールご一緒するが、「スミマセン、急ぎますので」と言ってパスさせてもらう。アウトはショートが一つでパー37、インがショートが3つでパー35。
今日はマラガまで行く予定なので、前がつかえていた12、13、14番を飛ばして12時20分頃あがる。1時5分、タリファのホテル着。

(左)玄関   (右)クラブハウスにはプールもある
(左)落ち着いた林間コース。 (右)4番、347メートル(382ヤード)のミドル
(左)ティーグランドにはわかりやすい表示がある。    (右)ナビが着いていて便利。
(左)8番、302ヤードのミドル。左ドッグレッグでショートカットしたくなる。  (右)9番、368ヤードのミドル。
(左)10番。397ヤードのミドル。グリーンのまわりは右、左、奥が池。  (右)15番。遠くにカッサブランカ(白い家)の集落が見える。

 タリファのホテルで荷物と婆さん、孫を積んでマラガへ。彼らもゆっくりとアフリカ大陸を眺めたり、町歩きを楽しんだとのこと。
 車内からマラガのホテル・スール(Hotel Sur)へ電話して予約。メイン通りのアラメダ・プリンシバル通りの少し裏で静かないいホテル(2人部屋76ユーロ)。
 さっそく歩いてピカソ美術館へ。
 生まれ故郷のマラガ、パリ、ニース、ヴァロリス、晩年のパリと各時代の秀作が揃っている。しっかり感心し、近くのシーフードレストランへ。エスカルゴやハモン・イベリコなどたっぷり頂き、各自でぶらつきながらホテルに帰る。
 ここもセマナ・サンタ。セビリア、カディス、マラガは町の中心が歩行者天国になっていて、夜になると人、人、人…!歩くのにも苦労する。プログラムはちゃんとあり、どこの組は何時にどこを出て、どの通りを通ってと決まっている。町のあちこちにプログラムが置いてある。夕方から明け方まで続く。
 今回のアンダルシアの旅、これに出会ってしまったのが幸か不幸か…?と、いったところ。

(左)マラガのカテドラル。     (右)セマナ・サンタ。先頭は三角帽子。
三角帽子に続いて御輿、楽隊。
最後ろ尾は大楽隊

3月31日(水)

マラガ

 メイン通りの脇を入ったおしゃれな通りのカフェで朝食。出かけるのが10時になってしまい、昨日予約したミハスに11時にして欲しいと電話をするも、その時間はコンペが入っていてダメだという。しかたなくマルベラに予約。
 E-15とN340の合流近くにあるはずだが、聞き聞きしても見つからない。ぐるぐる探していたら Golf Hotel という看板があり、行ってみると Rio Real Golf 。ま、いいかと飛びこむ。
 バギー込み100ユーロと少し高いが、これがまあ高級感たっぷりのリゾートコース。12時39分、1人でスタート。

RIO REAL GOLF & WELLNESS RESORT

http://www.rioreal.com

アンダルシアのリゾートコースらしい雰囲気

 ゴルフ リオリールはマルベーリアの市街中心から3km。1965年の創設。バックから6,166メートル(6,782ヤード)、黄色から6,077メートル(6,684ヤード)で黄色から打つ。3番で前の組に追いつき、パスさせてもらうが7番で3人組に追いつき合流。アウトを終えて3人はハウスへ。再び1人でインを回る。
 あんがいにトリッキーなホールもあり、ボールをロストさせたりする。12番のショートホールでグリーン手前にバギーを停めてパットし、振りかえるとバギーの影に人の気配。声をあげて駆け寄ると逃げていく人。キャディーバッグのポケットが開けられていたが被害はなし。私の大声で前の組が気がつき、連絡したらしく、2ホールばかり行くと警備員が駆けつけてきた。「男を見たか?」「シー(イエス)」「いるんだ、ポリスが回って警戒しているヤツだ。この番号のヤツ(と、手のひらに番号を書いて)、つかまえたら首をはねるぜ」と真剣な表情。
 この後から調子が上がり、16、17、18番とパー、バーディー、パー。前の組が見ていたらしく「ナイス、ゴルフ!」と声をかけてくれた。
 文句なく良いコース。手入れもよく、グリーンもクセがなくて速さも丁度よい。

(左)リゾートホテルとコースの玄関。  (右)ハウスのテラス。
(左)1番脇の練習グリーン。 (右)1番、312m(343ヤード)のミドル。
(左)2番、353m(388ヤード)ミドル。右のドッグレッグ。(右)5番383m(421ヤード)ミドル。グリーン前がクリーク。6番アイアンでナイス・オン。
(左)6番。左がクリークのショート。   (右)7番。440m(484ヤード)ロング。のびのびしたホール。
(左)8番。395m(435ヤード)ミドル。   (右)9番。454m(499ヤード)ロング。
(左)12番。池のこちらにバギーを停めていてもの盗りにあう。ま、パーだからいいか。   (右)16番ロング、497m(547ヤード)。
(左)16番クリーン。1W、4W、AV、2P。   (右)17番。ビシッとまっすぐ、ピッチングでピタリ。バーディ!(まあ、珍しいこと)
(左)17番。バーディーホールのグリーンのボール。   (右)18番364m(400ヤード)。セカンド4Iでパー。

 5時20分頃、マラガのスー・ホテルに帰り、ゆっくりと風呂に入り、近くのバルでビール。
 シーフードのいい店はないかと探すも、セマナ・サンタで市街中心部はまたも人、人、人…。イタリアンレストランのバルでビールやラザニア、タパスなどをつまみ、奥のレストランへ入るもパスタのたぐいしかない。人をかき分け、かき分け、ようやくホテルの近くに戻り、路上の(テラス席?)でパエリア、ハモン、チーズ、ビール、赤ワイン。大通りはパレードが続いている。孫どもはひと足先に帰り、隣のバルで白ワインとカフェ・コン・レーチェ。白ワインは1.5ユーロ(180円)、カフェは1ユーロ(125円)。

4月1日(木)

マラガ---ヘルシンキ

 昨夜は明け方までセマナ・サンタのお囃子をかすかに聞きながらゆっくり寝る。
 9時過ぎホテルを出て空港着9時30分。レンタカーを返し、ヘルシンキ行きにチェックイン。バーガー・キングで朝飯。
 フィンエアのヘルシンキ行きは遅着したらしく50分遅れで動き出す。時差もあり7時前ヘルシンキ着。キャディーバッグとお土産バッグを預けてStay At Helsink 。ここもサービスアパートメントでリビングに寝室の4人用。朝飯がついて147ユーロ。
 ひと休みして、レストラン Ravintota Juuri(ラビントラ・ユリ)を電話で予約し、タクシーで出かける。
 フィンランド料理で「歩き方」に載っていたのだが、これがまた最高。ビール、赤ワインもたっぷり頂いて4人で170ユーロ。

(左)なんかの臓物。最高に赤ワインと合う。   (右)フィンランド料理の代表とか。
デザートもよかった。
(左)ヘルシンキの港は氷の海。   (右)陽光のアンダルシアから一転、冬の海。

4月2日(金)

ヘルシンキ---中部空港

 折角だからヘルシンキを見ようと、9時頃から町に出かけるも、復活祭の初日とあって丁度、日本での元日の感じで美術館も、商店、デパート、市場などすべてがお休み。
 港の有名の市場もなし。町は閑散としていて、おかげで寂れた感じ。仕方がないので中央駅でコーヒーとサンドイッチ。
 ホテルへ帰り、空港でゆっくり遊ぶことにしてバンター空港へ。チェックインすると感じのいいおばさんが「ビジネスにしとくからね1」(最高に感じいいおばさんだ)。
 4時間ばかり、買い物、ビール、ワインなど飲んで、5時20分、動き出す。2人並びの、前後窓側の席でゆっくり快適。揺れもなく、ユーラシア大陸を横切り、名古屋へ。